やれやれが出てくる短編が収録されている「一人称単数」村上春樹

一人称単数 村上春樹 小説

「一人称単数」50代男性へのおすすめ度

★★☆☆☆ ← 好奇心旺盛な50代男性向け

あらすじ

内容紹介(「BOOK」データベースより)
短篇小説は、ひとつの世界のたくさんの切り口だ。
6年ぶりに放たれる、8作からなる短篇小説集。

目次(「BOOK」データベースより)
石のまくらに/クリーム/チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ/ウィズ・ザ・ビートルズ/ヤクルト・スワローズ詩集/謝肉祭/品川猿の告白/一人称単数

感想

村上春樹さん、大好きな作家さんです。

20歳前後の時に「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」を読んで、すぐにファンになりました。

それからずっと村上春樹作品は読んでいます。

自宅にある本の半数以上は、村上春樹さんの小説だと思います。

特に短編が好きです。

長編の「ノルウェイの森」がベストセラーになった時、世の中に村上春樹旋風が吹き荒れた時、私は「へ~」って思いました。

長編より短編の方がいいのになの「へ~」です。

「一人称単数」は短編集なので期待していたのですが、期待していたほどの面白さはなかったです。

ですが、村上春樹作品なので、ちゃんと読めます。

読んでいて「くすっ」とする部分、ちょっと「ハハハ」ってなる部分は、ほぼありませんでした。

8編の短編のいくつかは、「前に読んだ作品に似ている」という感想を持ちました。

「あれに雰囲気が似ているな」というのが出てきちゃって、没入感なく読んでいたように思います。

ということで、今回は星2つにしました。

「一人称単数」私が読んだのは、2020年7月20日 第1刷発行の単行本です。

次に、8編の短編の感想を個別に書きます。

それと、村上春樹さんらしい文章をいくつか紹介します。

石のまくらに

「タダでやらせてくれる女の子」との話。

村上春樹作品はこういう女の子が結構でてきて、私は好きです。

あと、馴染みのある地名が作品に登場するのも好き。

この作品では「阿佐ヶ谷」と「小金井」でした。

短歌が出てくるのですが、短歌のことはよくわからないので、短歌のことは置いときます。

「石のまくらに」は、村上春樹さんらしい短編でした。

ちょっとしたエピソード、偶然おこったハプニング、短い期間のセンチメンタルなんかを短編にして読ませるのが、村上春樹さんは上手です。

村上春樹さんの多くの短編を読んだことのある方でないと、わからないかもしれません。

「石のまくらに」は、偶然おこったハプニングを上手に短編にされています。

クリーム

「自分の経験談を友人に語る」話です。

これも村上春樹さんの短編には多いです。

私も好きなテーマです。

話にピアノが出てくるのですが、幼少の頃、村上春樹さんもピアノを習っていたそうです。

「猫を棄てる」で書いていたと記憶しています。

村上春樹さんらしい文章 1)

要するにぼくは、好奇心というものの正しい扱い方を、あちこち頭をぶつけながら学習する途上にあったということになるだろう。(29ページ)

あちこち頭をぶつけながら学習する」が、若者らしさを表現していていいなと思いました。

さすが村上春樹さんです。

若い頃って、興味の持っていき方をどう処理するかで悩むことってありました。

あれもやってみたい、これもやってみたいってことで悩むことです。

引用した文章を読んで、そんなことを思い出し懐かしく思いました。

村上春樹さんらしい文章 2)

いったん腰を下ろすと、自分がひどく疲れていることに気がついた。ずいぶん前から疲れが溜まっていたのに、それに気付かないまま日々を過ごしてきて、今ようやく思い当たったというような少し不思議な疲れ方だった。(34ページ)

若い頃、アルバイトと学校で忙しくしていた頃のことを思い出しました。

「あれ? 結構疲れているかもしれないな」っていう感覚です。

今はもう、疲れる前にやめちゃうから、こんな感覚とはほど遠いのですが。

村上春樹さんらしい文章 3)

そのあいだぼくは、暗闇の中に浮かんでは消えていく奇妙な図形を見守り、ゆっくりと数をかぞえながら呼吸を整えようと努めた。心臓は肋骨の檻の中で、怯えた鼠が駆け回るようなかさこそ、、、、という不揃いな音を立てていた。(38ページ)

これこそ村上春樹の文章です。

単に「心臓は不揃いな音を立てていた」と書くだけの作家さんが大半だと思うけど、村上春樹さんは違います。

ぜひ、この違いを理解していただきたいと思います。

村上春樹さんらしい文章 4)

白髪は太くて固そうで、耳の上でいくつかの塊が、水浴びをする鳥の羽のように跳ね上がっていた。(39ページ)

くせ毛の老人の髪型が目に浮かびます。

この文章を読んで「フフフ」ってなりました。

短編「クリーム」は、この短編集の中では好きな方です。

村上春樹ワールドらしい、不思議な余韻を感じさせてくれる短編でした。

チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ

アルトサックス奏者の「チャーリー・パーカー」を題材にしたフィクションです。

自分の好きなジャズプレイヤーが、こういう演奏をしてくれたら嬉しいなという願望をフィクションで叶えた話です。

ニューヨークの中古レコード店や、ベートーベンも登場します。

ジャズやクラシックが好きな村上春樹さんらしい短編です。

ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles

女子高生・ビートルズ・ちょっとした行き違いの話です。

まったく関係のない3つの単語だけど、関係がなさそうな言葉(お題)からストーリーを作るのが村上春樹さんは上手で、その見本のような短編です。

あるエピソードの思い出話なんだけど、村上春樹さんの書く思い出話は割に好きです。

自分が高校生だった頃のことを思い出しながら読むことができました。

村上春樹さんらしい文章 5)

「月の裏側まで行って、手ぶらで帰ってくるようなものや」
僕はもう一度肯いた。その喩(たと)えの意味はもうひとつよくわからなかったが。(104~105ページ)

私もよくわからなかったのですが、村上春樹さんの文章には割と喩のよくわからない文章がでてきます。

「ウィズ・ザ・ビートルズ」に登場する神戸の女子高生のことは、村上春樹さんの他の本にも書かれていたように思います。

何だったかは思い出せないけど「思い出深く、大切な人」であったように書かれていたと記憶しています。

そんなこともあって、「ウィズ・ザ・ビートルズ」は既読感のある短編でした。

「国境の南、太陽の西」に似ていると思いました。

ヤクルト・スワローズ詩集

「ヤクルト・スワローズ」への愛を語った短編。

村上春樹さんが千駄ヶ谷や青山に住んでいたのは、いくつかの本に自身で書かれているので知っていました。

でもその理由が「神宮球場まで歩いて行けるから」とは、この短編を読んで初めて知りました。

村上春樹さんらしい文章 6)

言い換えれば「今日もまた負けた」という世界のあり方に、自分の身体を徐々に慣らしていったわけだ。潜水夫が時間をかけて注意深く、水圧に身体を慣らしていくみたいに。そう、人生は勝つことより、負けることの方が数多いのだ。そして人生の本当の知恵は「どのように相手に勝つか」よりはむしろ、「どのようにうまく負けるか」というところから育っていく。(131ページ)

なるほど! ヤクルト・スワローズのファンは苦労が多いようです。

そして、負けから色んな事を学ばないと続けられないのかもしれません。

私にはちょっと無理そうです。

村上春樹さんらしい文章 7)

 僕も小説を書いていて、彼と同じような気持ちを味わうことがしばしばある。そして世界中の人々に向かって、片端から謝りたくなってしまう。「すみません。あの、これ黒ビールなんですが」と。(149ページ)

「ちょっと誤解してませんか」ということです。

こういうことを素直に感じられるところが、村上春樹さんらしくて好きです。

私なら近所の人たちに謝る程度で済みそうですが、村上春樹さんの場合は世界中ですから、まったくすごいことです。

ところで、野球場で飲む「黒ビール」はどんな味なのでしょうか? とても興味があります。

村上春樹さんは本当に野球好きなようで、野球について書かいた文章をかなり読みました。

アメリカに住んでいた頃のことをまとめた本(すみません、題名を忘れました)には、ボストン・レッドソックスのことも書いていたと記憶しています。

謝肉祭(Carnaval)

「謝肉祭」は、醜い容姿の女性とクラシック音楽の話です。

この短編集の中では好きな作品です。

女の子が読むと「村上春樹~!! 何度もブスって言いやがって」ってなるかもですけど。

村上春樹さんは時として、人の容姿のことをこっぴどく書くことがあります。

読者としては「こんなにストレートに書いちゃって大丈夫?」と心配になるのですが、相変わらずストレートな表現を続けているので大丈夫なんでしょうねきっと。

「謝肉祭」にはなんとなく、村上春樹さんご自身の思い出が含まれているような気がしました。

後半の女の子とデートしている文章は、ご自身が体験したことなのではないかと感じました。

そしてその文章には、読者である私自身の思い出も含まれているように感じました。

村上春樹さんの小説を読んでいると、自分の青春時代の思い出がよみがえってくることが多々あります。(青春時代って今どき使うのかな? ちょっと恥ずかしい感じがします。)

このことが、私が村上春樹さんの小説を読む一番の理由になっています!

「中国行きのスロウ・ボート」(私の大好きな短編集です)にある文章と、次の文章がとても良く似ているのでご紹介します。

村上春樹さんらしい文章 8)

 しかし電話番号を書いた紙が、どうしても見つからなかった。(182ページ)

この文章、村上春樹さん自身のことを書いているのだと私は思っています。

村上春樹さんの本にはけっこう「メモをなくす人」が登場するからです。

そういえばどこかで「自分はメモをよくなくす」と告白されていたようにも思います。

何で読んだのか忘れちゃったけど。

品川猿の告白

温泉旅館で働く品川猿の打ち明け話しを聞く話です。

この短編集で一番のお気に入りです。

「品川猿」って前にどこかで読んだよなと思ってネットで調べたら、「東京奇譚集」に収められていることがわかりました。

近いうちに再読してみようと思います。

とにかくこの「品川猿の告白」には、村上春樹さんの小説のエッセンスが凝縮されていますので、ぜひ読んでみてください。

一人称単数

スーツを着てバーで酒を飲んでいたら絡まれたという話です。

村上春樹さんの短編小説の中でも面白い方だと思います。

村上春樹さんの小説ではたまに、カッコつけた服装(主にスーツ)を着てバーで酒を飲むというシーンが登場します。

その場合、たいていスーツを着た人(たいがい主人公)は、悪い結末を迎えます。

村上春樹さんの小説でスーツを着た人が出てきたら要注意です。

そのうちにハプニングがおこるのでは? と警戒しながら読み進めてください。


最後に、「一人称単数」に収録されている短編のベスト3を書いておきます。

  • 1位 品川猿の告白
  • 2位 謝肉祭(Carnaval)
  • 3位 クリーム

数年後に読み返すとこの順位も違っているかもしれないです。

そう考えると楽しみが増えたように感じます。

それと、「やれやれ」もこの短編集に一度でてきますので、探してみてください。

今回は、好奇心旺盛な50代男性向けの短編集「一人称単数」を紹介しました。

短編集の良いところは、自分のお気に入りの作品を手軽に読み返すことができることにあると思っています。

短編集のなかでもアンソロジーは、自分の知らない作家さんの作品が収録されていることが多く、初めての作家さんの小説に手軽に触れられるという意味で、特におすすめです。

そんなアンソロジーをこのブログでも紹介しています。

下記の画像をクリックして、併せて読んでみてください。

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