「スター」50代男性へのおすすめ度
★★★★☆ ← 「情報発信ってなんだよ」と戸惑う50代男性におススメ
あらすじ
内容紹介(「BOOK」データベースより)
「どっちが先に有名監督になるか、勝負だな」新人の登竜門となる映画祭でグランプリを受賞した立原尚吾と大土井紘。ふたりは大学卒業後、名監督への弟子入りとYouTubeでの発信という真逆の道を選ぶ。
受賞歴、再生回数、完成度、利益、受け手の反応ー作品の質や価値は何をもって測られるのか。私たちはこの世界に、どの物差しを添えるのか。
朝日新聞連載、デビュー10年にして放つ新世代の長編小説。著者情報(「BOOK」データベースより)
朝井リョウ(アサイリョウ)
1989年岐阜県生まれ。
2009年『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。
13年に『何者』で第148回直木賞、14年に『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
キーワード
星、質、発信の多様化、細分化
感想
朝井リョウさんらしさをたっぷり楽しめる小説
「スター」は、とても良い小説だと思います。
朝井リョウさんの小説を読むのはこの「スター」で3冊目。
1冊目は「桐島、部活やめるってよ」。
2冊目は「正欲」です。
これまでに読んだ3冊の小説はどれもよかった。
「スター」は、「正欲」の前に書かれた小説で、「正欲」につながる部分も一部ですが含んでいると感じました。
朝井リョウさんは、私がいま一番お気に入りの作家さん。
お気に入りのポイントは、下記の3点です。
1.会話のリズムがとても良いこと:会話の掛け合いのテンポが良いので読んでいて楽しい。
2.物語のストーリー展開がはやく、堂々巡りがほとんどないところ。
3.複数の登場人物の人生観が交錯するストーリーの進め方が好き:時系列で複数の出来事が展開されるストーリー(群像劇まではいかないところ)が好きです。
「スター」は、私のお気に入りのポイントをたっぷり楽しめる小説です。
文章力がレベルアップした
朝井さんは「スター」の執筆をきっかけに、文章力がレベルアップしたと思います。
「スター」を執筆したことで、会話のテンポの良さに加え、会話と情景描写の組み合わせが巧みになった、文章力に磨きがかかった印象を受けました。
「文章力に磨きがかかったな」と感じたのは、次の2つ会話の描写です。
1.年始の会社での会話
8章後半の「窓の外では、雪が降っている。」から章の終わりまで。会話のセリフと情景がリンクしていて感心しました。
2.喫煙所での会話
9章中ほどの「紘の右隣にいた男性が去って、新たに女性がやってくる。」から、章の後半「何か撮り忘れですか?」の前の文章まで。会話の内容、喫煙所の人の出入り、夕暮れから夜になるまでの情景の3つが、見事にマッチしていて、すごくいい文章です。
会話のテンポの良さはそのままに、会話の内容と周囲の光景と時間経過を上手に融合・馴染ませていると感心しました。
「朝井さん、文章を書くテクニックが上ったな」と感じました。
このレベルアップは、「スター」が内包しているテーマのひとつ(身につけた技術)につながっている気がします。物語のテーマにつられて、自然と作者の文章を書く技能がアップしたように感じました。
「スター」を読んで感じたこと
・これまでに読んだ2冊「桐島、部活やめるってよ」と「正欲」よりもゆっくりめに進む。
・どうなるんだろう感があまりない。
・語りたいことがたくさんあったので、ゆっくりめの文章・スピード感にしたのだろうと思った。
・誰もが自分なりの情報発信ができる時代になった。(329ページ)
私が気に入った文章
本当にそう思います
質がいいって、誰がどうやって決めているんだろう。
歴史の教科書だって間違っていることがあるのに。(29ページ)
「質」って何でしょうね。「質」は、「スター」の大事なキーワードです。
「質」というキーワードを心にとめて読むと、「スター」をより楽しめると思います。
百聞は一見に如かず
レンズを通して捉えた景色がどうしたって現実より見劣りするのは、その景色を見た気持ちを一緒に収めておけないからかもしれないと思った。(32ページ)
心や思いを大切にする朝井さんらしい文章で気に入りました。
「レンズを通した映像は、どうしたって加工されたモノになってしまう」のでしょうね。
文章、上手すぎ!
紘は、(中略)すっかり過去のことになっている感覚を、飴玉を噛まずに舐め続けているときのように往生際悪く体内で転がし続ける。(86ページ)
旅先でその土地の人と話していると、地元のことを引きずってしまう感覚ってありますよね。
「ああそうか。今自分は違う土地にいるんだ」っていう感覚。
「いつまでも元居た場所の感覚を引きずっている」ということだと思うのですが、それを「飴玉を噛まないように往生際悪く」と表現するのに感服しました。
実は、この前の文章もとてもいいんだけど、あんまり長く引用してもあれかなと思ってやめました。85ページの終わりの文章からです。読んでみてください。
自分から情報を探求する時代になった
「実際、新聞って、俺ら世代だーれも読んでないですよね。でも尚吾さんには、新聞に載ってこそ本物っていう物差しがあるんですよね、未だに」
零れ落ちた泉の声が、電車の床をバウンドする。その軌跡を視線で追いながら、紘は、電車内にいる客がほぼ全員、スマホを操っていることに気づく。(108ページ)
いまだに、古いメディア(新聞)に取り上げられ、褒められることだけを「すごい」ことと考えるのは古臭い。今は、自ら情報発信して、SNSユーザーからたくさん「いいね!」をもらうことこそ「すごい」ことなのだ。と言っているように感じました。
昔、情報源はテレビ・新聞・週刊誌くらいしかなかったけど、今はみんなスマホを持っている。スマホ1台で、情報収集して閲覧できてしまう。だからみんなスマホを見ている。
誰かが(新聞から)「すごい」と褒めている人を教えてもらうのではなく、自分から「すごい」と思う人を探す時代になっている。情報探索の方法・時代の変化を感じられる文章だと思いました。
はい、ここまでよ
「俺、考えてることがあるんです。今は、その実行のための準備期間、って感じです」
じゃあまた、と会釈をすると、泉は、電車の外の世界へと踏み出していった。
閉まりゆくドアは勿論自動のはずなのに、紘にはなぜか、泉が自分で閉めたように見えた。(110ページ)
自分にも同じような経験があるので、気に入りました。
無理やり話しを終わらせられて、ドアをピシャっと閉められてしまった感覚。
朝井さんは、情景の細かいところを文章にするのが上手いです。
繊細な人なのかもしれないですね。
本屋の活用法
ファッション誌の棚から離れ、尚吾は再び、当て所もなく書店の中をうろつく。
わんぱくな子どもたちの集合写真みたいに肩を並べている本たちは、その表紙に手を伸ばすことで、自分の中の刺激され慣れていない部分に触れられるような予感をくれる。
(中略)
だから尚吾は、頭に刺激が欲しくなったら書店へ行く。(114ページ)
「わんぱくな子どもたちの集合写真みたいに」の部分が気に入りました。
なかなか思いつかないですよ、こんな面白い表現。
そうかもしれないですね
「俺、バラエティー長くやってて思ったけど、世の中にあるものって結局、文脈とか関係性、もっと言うと歴史とか背景とか、そういうものから完全に脱することってできない気がする」
(中略)
「・・・何もかもが関係してるんだよ。貨幣ですら毎日価値が変わるんだからさ、お前だけそこから逃れるなんて無理なんじゃない」(308ページ)
「貨幣ですら毎日価値が変わるんだからさ」が気に入りました。
世の中、いろんなことが影響し合って成り立っている。
私も「スター」にはずいぶん影響をうけました。
9章の終わり全部
234ページから9章の終わりまで、全ての文章が気に入りました。
特に気に入ったのが、次の文章です。
「だからきっと、どんな世界にいたって、悪い遺伝子に巻き込まれないことが大切なんです。一番怖いのは、知らないうちに悪い遺伝子に触れることで、自分も生まれ変わってしまうことです」(234ページ)
「世の中、いろんなことが影響し合って成り立っている」けど、「悪い遺伝子」もいるから気をつけないとダメなんです。
269ページに、アトピー性皮膚炎の女子高生が、塗り薬の「ヒルドイド」が買えなくなって困っているという文章があります。どこかの有名人が「美容に効きますよ」といって人気になって、島の薬局にほとんど入荷しなくなったためです。
病気の治療薬が、美容目的で買われ品薄になって、治療で必要な人に届かない。
これも「悪い遺伝子」の影響なんだと思います。
朝井さんの小説は、いろんなところに伏線があって読んでいて楽しい
「ヒルドイド」の伏線の続きが、278ページから11章の終わりまで展開されます。
「ヒルドイド」だけの伏線ではないのですが、私は、この部分の文章が小説「スター」のキモだと思います。
ぜひ、集中して読んでください。
人から良い影響をうけるとは
「私の言葉を信じるのではなくて、私の言葉をきっかけに始まった自分の時間を信じなさい。その時間で積み上げた感性を信じなさい」(303ページ)
尚吾が弟子入りした映画監督の言葉。
この映画監督は、自分の感性はもう古い、時代に合っていないと自覚していて、弟子に自立を促すように話している言葉です。
この文章の前後の数ページも、いい言葉がたくさんあって、気に入っています。
いいことだと思う
千紗が何かを決意したかのように、顔を上げる。
「ある人の顔が頭を過って、決意できた」
決断するときに過る顔。(362ページ)
仕事なら上司の顔だったり、プライベートのことなら両親の顔だったり。
誰かと交渉をしていて何かの決断を迫られたとき、「ふっと誰かの顔が目の前に浮かぶ」ってことありますよね。それで決断できた。これっていいことだと私は思います。
思いが誰かとつながっている、関係性があることの証明ですよね。
「のっかってやろう」という感じ
「むしろ、騙す人よりも、“今はそれに騙されていたい”っていう人のほうが多いのかもしれないなって」(364ページ)
料理人として修業中の千紗のセリフ。
自分にも思いあたることがあります。「今は、こっちにのっかといた方が面白そう」ってこと。「いつまでも」という感じではなく、「今は」って感じで。そこに「騙す」とか「騙された」はなくて、あくまでも「ノリ」って感じです。
「ノリ」が「面白味を感じられる限り」(飽きられるまで)の期間限定だとすると、「ずっと続けられるのは本物だけ」なのだと思います。他人にモノ(千紗の場合は料理)を提供する人っていろいろ考えちゃうものなんです。
千紗はもちろん、本物を目指しています。
上の文章から数ページ、いい文章・考えさせられる文章が続きますので、読んでみてください。
欲求の細分化
「これまでは、色んな欲求の種類に応えるだけの発信がされてなかっただけなのかもね」
(370ページ)
(中略)
「・・・。欲求に大小や上下があるんじゃなくて、ぜーんぶ小分けされて横並びになるっていうか」
(中略)
「でもほんとにね、頂点っぽい巨大な何かが色んな欲求をもとめて満たしてるように見えてた時代は終わっていくんだなって、・・・実感してる」(371ページ)
千紗のセリフです。
今、YouTubeにはいろんな種類の動画ありますよね。
自動車であれば、新車の紹介・インプレッション動画、ヘッドライトの黄ばみを取り除く作業の動画など、いろんな細分化された動画がたくさんYouTubeにはアップされています。
マスメディア(テレビ放送)で自分の趣味に関連する番組が放送されることは滅多にないが、YouTubeなら簡単に見つかる。それもピンポイントで。関心のあることがすぐに動画で楽しめる。
「でもそのYouTube動画の質や価値ってどうなの?」という問いに、この後373ページまで、千紗の言葉として作者の思いが綴られています。
ここが「スター」のもっとも大事な部分です。
星
376ページ全文いいです。「スター」という小説が伝えたかったことを、千紗がいいセリフで語っています。
ここまで読み進めてきた物語の各ピースが、このページでひとつにまとまった感じです。「なるほど、そういうことか」ってね。
「私の気に入った文章」を紹介するだけのつもりでしたが、なんだか「スター」の解説なってしまいました。
まとめ
「スター」は、モノを表現する・提供する若者たちの葛藤を綴った小説です。
これってこのまま出しちゃっていいの?
自分が提供するモノの質や価値について、現代の若者が「スター」に登場する若者たちのように、真剣に考えていてくれているとしたら、とても嬉しいです。
私は50代ということもあって、若者たちよりも、若者たちの師匠(古い人間)の側で「スター」を読んでいました。私のような50代のおっさんも、時代の雰囲気に流されず、考えて行動しないといけないですね。
今回は、50代男性にぜひ読んでもらいたい「スター」を紹介しました。